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70 Años: diario de Bandera de la Colectividad Nikkei

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沖縄とペルーの架け橋に 比嘉憲太郎沖縄ペルー協会長
2011年 ( 令和 2 年 ) 10月 26日 | 4:49 PM
沖縄とペルーの架け橋に 比嘉憲太郎沖縄ペルー協会長

第5回世界のウチナーンチュ大会は10月12日の前夜祭の豪華なパレードから17日の閉幕式のカチャーシー大会に到る17日までの5日間にわたるイベントはペルー新報の日本語版やスペイン語版に毎日のようにカラー写真入りで大々的に報道され、参加できなかった多くの県系人読者(本紙読者の70%超が沖縄系)を魅了、熱狂させた。

大会委員長・仲井真弘多(ひろかず)知事が閉会式の挨拶で「5日間で史上最多の41万8039人が参加した」と強調しているように多大な成果をあげ、盛大裡に幕を閉じた。これは大会の実行委員会(委員長・仲井真知事)はじめ各部門の責任者・役員から係員、それに地元の県民、参加した海外県系人(史上最多、23か国2地域から5,194人参加)の母県を愛し、沖縄伝統の素晴らしい文化・習慣である『イチャリバチョーデー』(会えば兄弟)、『ユイマール(相互扶助の精神)、『チムグクル』(心持地、気持ち)の統合を表徴するものであるといっても過言ではないだろう。

もちろん、そのほか舞台裏で大会を支え、成功に導いた多くのボランティアの熱意、努力も忘れてはならないだろう。第3回大会まではペルーの場合、周知のようにアンデス友の会代表の照屋としこさんが陣頭に立って、ペルーから参加の沖縄県人会、沖縄婦人会の代表団の世話役を務め、架け橋の重要な役割を果たしたが、4回以降は体調を崩し(現在、車椅子)、ある友達の話によるとお役に立てず非常に残念がっていたという。県人会幹部や本紙のルベン・カナグスク西語版記者(自費で参加)のインタビューによると、今回は沖縄ペルー協会の比嘉憲太郎会長が多忙にもかかわらず、空港での歓迎、前夜祭のパレードはじめ知事、那覇市長の表敬訪問など、一心同体、文字通り親身になって世話人役をつとめたが、その影にはペルー国那覇名誉領事をつとめる呉屋守将氏(カネヒデ・グループ会長)の大きな支援もあった模様で、ペルーの代表団を感激させたという。

写真は第3回大会に参加した甥のケンジ・ヤマサト氏(オルケスタ・ケンジ・ヤマサト主宰)、ルーシ・長嶺さん(左端)とともに翁長雄志那覇市長を表敬訪問したときの比嘉憲太郎沖縄ペルー協会長(右端)。

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